チャリベル!

自転車と旅が大好きな大学生女子の徒然日記

毎度「選択」することに使うエネルギーは、一つの「決断」に全て注ぎ込めば良いんだ。岡本太郎も「自信」と「決意」について言ってる

オールマイティーなタイプの人ほど陥りやすい不安って一つあるんじゃないかと思っていて、それは「選択をする」ということ。

大人になっていけばいくほど、自分の選択が自分の将来にどう影響するのかを具体的に考えられるようになっていって、一つ一つに慎重になる。

だけど、その慎重な選択の比較が、いかに本人にとってストレスで不安の元か、っていうこと。

「これだ!」って思ってきめたこと、それなのに、それを決めて少し進んだすぐ後にまたそれと並列するような新しい選択肢が現れた時、またそこでその二つを対等に並べてどっちがいいかを慎重に吟味する。

それが物を買うとかそういうことなら大したことはないけれど、自分の将来に関わるとか、比較的大きい問題になってくると不安が頭をもたげてくる。

 

だけど本当は、自分の心の中では大体決まってるんだ。「こうしたい」っていうのが。私自身にも経験がある。たとえば就活で、新卒で経験なんて何もない中、見えない未来の事を選ぶんだ、不安だけどでもやりたいことはたぶん、自分の中で決まってた。

それで一つ決断をした、それなのに、その後に現れたまた違う方向の新しい選択肢と決断した選択を同じ土俵に上げて真剣に悩んだりしてた。

不安だったんだ、そしてその不安は自分自身で作り上げたもの。

ぽっと出の選択肢にいちいち精一杯迷うのは、意味のないことだ。

今やってること、今やってて楽しいと思えていること、これからだって思える事、それを続けることに何か不具合でもあるのか?

 

私が尊敬している人が言っていて「確かに」って思ったことがある。

それは、「現状維持が一番難しい」ってこと。

新しい本でも、買った時が一番モチベーション高くて、時間がたって自分がその本の存在に慣れてしまうと読むモチベーションがさがってしまうというのは、経験者も多いのではないかと思う。

それと同じ原理だ。選択をしたらすぐに行動に移したり、そこで腰を据えてやっていく決意をしなければ、どんどん新しいぽっと出の選択肢に心を動かされてしまう。

その覚悟ができるかどうか、だ。

自分の選択を信じるから覚悟ができるのか、もしくは覚悟を決めたから自分の選択を信じるしかないのか。どちらかはもはやわからない。

 

でも、例えば自分がどうしても毎度刺激の強い人の言葉に心や価値観を動かされてしまうとか、何やら選択肢が増えるたびに毎回迷ってしまうようならば、

覚悟を決めるってことを先に持ってくるのも手なんじゃないかな、って思う。

そしたら、あなたは自分の選択を信じざるを得ないから。

 

最近岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て」を読んだ。

彼はこんなことを言っている。

”人間は自分をきつい条件の中に追い込んだ時に、初めて意志の強弱が出てくる。この点を実に多くの人がカン違いしている。” 

”たとえば、画家にしても才能があるから絵を描いているんだろうとか、情熱があるから行動できるんだとか人はいうが、そうじゃない。逆だ。何かをやろうと決意するから意志もエネルギーもふき出してくる。何も行動しないでいては意志なんてものありゃしない。”

”自信はない、でもとにかくやってみようと決意する。その一瞬一瞬に賭けて、ひたすらやってみる。それだけでいいんだ。また、それしかないんだ。”

”意志を強くする方法なんてありはしない。そんな余計なことを考えるより、本当に今やりたいことに、全身全霊をぶつけて集中することだ。”

”ひたすらにそれを貫いてみる。はたから見れば、あの人は何という意志の強い人なんだろうということになるんだ。”

これには私自身、結構腑に落ちたし安心した。

上で述べたことにも近いことを言っていると思う。

 

だから。というと変だけど、

前の記事でも同じような話が合ったけど、要は、選択を信じて、決めたことに向かってとにかく今を一生懸命進め、ということ。

ぽっと出の選択肢に迷う必要は一切ない。

自分が一度納得して決断したこと、それを掘り返してウジウジ悩むなんて馬鹿らしい。

決意して、それをやっている今に一生懸命になるんだ。